脇役本

増補Web版

先輩刑事の教え 花沢徳衛



 BS朝日やCSの東映チャンネルで、ちょくちょく見かけるドラマがある。『はぐれ刑事純情派』(テレビ朝日、1988~2009年)。「またこれ……」と思いつつ、チャンネルをまわしてしまう。
 ただ、半年ほど前にやった回は、つい見てしまった。第7シリーズの最終回「狙われた美人OL・靴底のスパイス」(1994年9月21日放送)。テレビ時代劇や刑事ドラマの悪役で知られる文学座のベテラン、川辺久造がゲストだった。
 川辺の役は、カレーづくりの名人で、下着ドロボウに間違えられる初老の男、河村。聞き込みで自宅を訪れた安浦刑事(藤田まこと)に、悠々自適の河村が自慢のカレーをふるまう。ふたりのあいだに友情が芽生える。名悪役は、善人をやらせてもうまい。川辺久造、すばらしかった。
 それからまもなく、河村は、女性殺人鬼の商社マン(ひかる一平)によって殺されてしまう。事件を目撃した口封じのために……。事件は、“靴底のスパイス”が手がかりとなり、解決する。安浦は、ふたりの娘(松岡由美、小川範子)に手づくりカレーをふるまい、亡き友を憶う。
 はぐれ刑事純情派、意外と悪くない。そう思った。たまたま見たのが当たりだったのかもしれないが、根強いファンがいることに少し納得した。
 花沢徳衛(はなざわ・とくえ 1911-2001)は、その根強いファンのひとりである。著書『脇役誕生』(岩波書店、1995年)に、こうある。

最近、といっても二十年程前からのことであるが、テレビで刑事物といわれる番組をよく見るようになった。古くにさかのぼらずとも今日でも、藤田まことさんのやっている新作物が一本、昼間放映される再映物が二本。チャンネルを合わせさえすれば、週間十本に近い刑事物を見ることが出来る。これらの刑事物では、藤田さんの刑事が一番気に入っていて、私は必らず見ている。(『脇役誕生』「東映と私」)

 花沢本の刊行と第7シリーズの放送は時期が合う。花沢は、川辺の好演も見ていたと思う。
 花沢が『はぐれ刑事純情派』にゲスト出演したかどうか、わからない。安浦を育てた先輩刑事で、いまはおでん屋台をやっている老人、みたいな役で出てほしかった。藤田まことの安浦刑事に、みずから当たり役とした林刑事を重ね合せていただろうし。


 花沢徳衛は、明治44(1911)年、東京・神田の生まれ。生粋の江戸っ子だ。
 小学校を中退し、指物師をこころざす。20歳のとき、「花澤美術家具研究所」を起こし、そのかたわら、洋画家の斎藤与里に師事した。家具職人と画家、二足のわらじ。手元にある『脇役誕生』に自画像が添えられているのは、画家を夢みた名残りでもある。




花沢徳衛『脇役誕生』(岩波書店、1995年2月)

 絵の夢をふくらませながらも、家具職人と画家だけでは食べていけなかった。昭和11(1936)年、役者としてのキャリアをスタートさせ、京都にある東宝系のJ.O.スタジオに入った。そののち、東宝京都、東宝東京、フリーとなり、東映東京作品に数多く出演。林刑事というキャラクターに出会う。
 林刑事は、東映東京の映画シリーズ『警視庁物語』の役どころ。同シリーズは、『警視庁物語 逃亡五分前』(1956年)から『警視庁物語 行方不明』(1964年)まで、全24作がつくられた。今日までつづく集団刑事ドラマの先駆けといわれている。
 全作モノクロの2本立て(3本立て)併映作品。総天然色・シネマスコープの東映時代劇にくらべると低予算で、一部の作品をのぞいて1時間前後の長さしかない。大スターと呼ばれる主役級の俳優は顔をみせず、どちらかといえば脇役の俳優がぞろぞろ出てくる。
 ドラマの中心を担うのは、警視庁捜査一課の7人の刑事たち。捜査一課長に松本克平、捜査の陣頭指揮をとる主任に神田隆、長田部長刑事に堀雄二、林刑事に花沢徳衛、金子刑事に山本麟一、渡辺刑事に須藤健、以上が常連のメンバー。ほかに、南廣、佐原広二、南原伸二、関山耕司、波島進、石島房太郎、外野村晋、大村文武、中山昭二、千葉真一、大木史朗、今井健二が刑事を演じた。



『警視庁物語 自供』(1964年)。左より神田隆、堀雄二、花沢徳衛、山本麟一、須藤健、今井健二、南廣

 ストーリーは、だいたいこんな感じ。事件(おもに殺人事件)が起きて、現場検証をして、所轄署に捜査本部を設置して、捜査が始まり、容疑者が浮上し、確証が得られず捜査が難航し、真犯人が浮かび、裏付けをとって、犯人逮捕で幕となる。
 観客を驚かせるようなトリック、全知全能を誇る天才刑事は登場しない。失敗も、世間ばなしもする、人間くささ。ドラマは終始、捜査側の視点に立ち、犯人目線で描かれることはない。

会社はお添え物と考え、創る人たちも口先ではそう言っていた。しかし、スタッフの腹の中には、何言ってやがんだ、俺たちの映画(シャシン)で客を呼んでやるんだ、という思いがある。カラ―・シネマスコープ、豪華オールスターキャストこそお添え物だ。俺たちの創った、白黒スタンダードで客を呼んで見せる、そんな意気込みで『警視庁物語』は創られていたのである。(前掲書)

 犯罪を通じて時代を描き、戦後日本の貧しさを観客に問う。刑事役を地味な脇役俳優でキャスティングし、ロケーションを多用したことで、犯罪捜査劇のリアリティーが生まれ、大きな魅力となった。最終作『行方不明』のポスターには、堂々とこう記している。《日本映画が誇る価値あるシリーズ》。



『警視庁物語 行方不明』ポスター

 花沢が演じた林刑事は、“人情刑事”の部類に入る。「なんとねえ」。事件の背景や被害者あるいは加害者の事情、とんでもない見込み違いを知ると、こう嘆息する。
 酸いも甘いも噛み分けた、ベテラン刑事の味わい。この役に手ごたえを感じた花沢は、こう明かす。

今回は真面目に演技プランを考えた。若い連中には内密にである。まず刑事の役は、刑事に見えないようにやらなければいけない。刑事に見えていいのなら、私服を着て民衆に紛れる必要はない筈だ。とすれば、私はいうまでもなく一般民衆の一人なんだから、私自身で演じれば良い、という結論になる。私自身で演じても、劇の中では刑事以外の人間ならやらない行動ばかりするのだから、刑事以外の何者にも見えない筈だ。(前掲書)

 この演技プランに惑わされ、大失敗した共演者がいた。金子刑事を演じた山本麟一である。山本は、俳優花沢徳衛を尊敬していた(花沢が著書にそう書いている)。
 花沢は、大島渚監督『天草四郎時貞』(東映京都、1962年)で、四郎(大川橋蔵)とともに決起する、キリシタンの庄屋を演じた。しかし、徹底抗戦を説く四郎についていけず、戦線から離れることを決意。そのシーンの長セリフを、ぶっつけ本番でのぞんだ。一般民衆の一人なんだから、私自身で演じれば良い、という理由なのか。
 撮影の前夜、宿では、山本と花沢たちが麻雀に興じていた。

「花沢さん、大丈夫ですか。そんな長い号外(台詞書)、今日はこの辺で止めましょうか」
「何を言ってるんだ君は。人間の言語生活を考えて見ろ。練習してきた言葉で話をしてる奴がいるか? 台詞なんか、おぼえて出て行ったら、それだけ不自然になるじゃないか。アッ、それポンだ」(前掲書)

 本当にぶっつけ本番で覚えたのか。花沢は翌朝の撮影で、このシーンを難なくこなす。まのあたりにした山本は、この“花沢プラン”の影響を、もろに受けてしまう(花沢は、山本も同作に出たと書いているが、実際には出ていない)。
 それから1週間ほどして、『警視庁物語』の撮影が東京であった。山本はここぞとばかりに、あの演技プランを実践する。主任の神田隆とのふたり芝居で、台詞を覚えず、撮影にのぞんだ。
 結果は大失敗。休憩をはさんで、なんとか撮影を終えた。花沢に近づいた神田が、こう囁く。

「駄目だよ、花ちゃん。山麟に変な事教えちゃあ」(前掲書)

 『警視庁物語』のどの作品に、このシーンがあるのか。カットされてしまったのか。くわしいところはわからない。
 花沢徳衛、山本麟一、神田隆。シリーズを彩った名刑事は、すでに亡い。